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ゴミ浜線を北上し鶴見へ。
89歳の店主が営むラーショが閉店することになっていた。どうやら羽田ラーショ4番目の弟子らしい。
入店してすぐ営業終了。危なかった~。白地の看板が特徴的なラーショ。「うまい」の表記はあるものの、末尾5007の電話番号はなく、麺箱は酒井製麺。椿食堂管理から独立したものとみられる。
店主の調理する手は震え、歩くのも精いっぱいな状態。既に限界を迎えていた。「ラーメン一筋45年。楽しい人生だった」。店主はそう語ってくれた。
あっさり豚骨醤油ラーメン。今まで食べてきたラーショが豚骨ガッツリだったから、その違いに驚いた。重たいラーメンを受け付けない体になったので、この穏やかで、どこか懐かしい味わいが嬉しかった。
長い間、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
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食後に弁天橋駅まで歩き、鶴見線を乗り鉄。線路や街並みが大阪環状線のようだった。加えて、弁天橋駅前の交差点が「弁天町」だった。街を作った人が親戚だったりするんだろうか。
厚木のナポレオンフィッシュは、無人駅である武蔵白石駅の出場に苦戦していた。
折り返し鶴見行きの運転士に怪しまれたようで、駅舎に掲示してある時刻表を読みながら、だんだんと改札外へ体を移動させる「武蔵白石アハ体験」を敢行し、5分かけて出場していた。
海芝浦駅を降りたナポレオンフィッシュは、首都高湾岸線の海上橋を指差し、「あれ何?レインボーブリッジ?」。一緒にいて恥ずかしかった。